診療内容

化学物質過敏症

友和クリニックでは、化学物質過敏症の治療を行っています。まず、化学物質過敏症が歴史的にどのように認識されてきたのかを述べます。そして、化学物質過敏症の治療法についてお話します。

化学物質過敏症の発見の歴史的な経過

Cullenの化学物質過敏症の提唱
表1. Cullenの化学物質過敏症の提唱

1947年に、アメリカの医師セロン・ランドルフ博士は、「化学物質への曝露によって発生する過敏反応の可能性」を提唱しました。ランドルフ博士は、最初の患者の風向きで変わる頭痛などの症状の原因を、大気の汚染の化学物質が原因であることを発見しました。そして、この症状に対して、化学物質過敏症(Chemical Sensitivity)と名付けました。しかし、当時は、博士の考え方は一般には受け入れられませんでした。
その後、化学物質の蔓延によるシックビル症候群などの「化学物質過敏症」の事件が多発するようになり、ランドルフ博士の考え方が、受け入れられるようになります。
そして、ランドルフ博士を継承して、1980年代にマーク・カレン医師によってMCS(Multiple Chemical Sensitivity:多種化学物質過敏状態)の考え方が提唱されました。これは、「慢性または大量の化学物質に曝露された後、極めて微量の化学物質に過敏反応し、多岐にわたる症状を示す疾患である」とされました。その後、同様の考え方を提唱する「臨床環境医」と呼ばれる医学研究者を中心に研究が行われてきました。
この契機となった事件は、1981~1982年にかけて、米国の環境保護局(EPA)でカーペットを張り替えた際に、4-フェニルサイクロヘキサンという接着剤からの揮発物質が、空気中に13~15ppbの濃度で発生し、2000人の職員中124名が発症し、2名が退職、17名はその後過敏症のため、職場に戻れなくなる。そして、発症した後では、1ppbの極めて低濃度でも、症状がでるようになる。まさに過敏症事例が起きたわけです。また、こうした過敏症事例がカナダのノバスコティアの病院やビルでも起こり、政府の管理下でダーハウシ大学にその問題のための24時間オープン(空気の流通を起こす措置)な施設が開設されました。(文献 石川哲、宮田幹夫:化学物質過敏症、かもがわ出版、1999より)
ランドルフ博士は、1965年、複数の化学物質過敏症(MCS)として知られる患者の症状に基づいて彼の理論を促進する組織として臨床環境学会を設立しました。現在は、アメリカ臨床環境アカデミーとなっています。
そして、我が国でも、1992年4月に石川らによる日本臨床環境医学会が設立されて研究が推進されています。また、日本では北里研究所病院がMCSの概念を導入し、「化学物質過敏症」として診断方法・治療法の検討が行われてきた。その後、北里研究所病院臨床環境医学センターが設立されました。
注:日本臨床環境医学会:環境と疾患のかかわりに関する研究の発展を促進し、関連機関と協力して、疾患の予防と治療に努めるために設立された学会です。中毒、アレルギー、内分泌、自律神経などにまたがり、環境問題と臨床医学の接点を主題としています。その環境の内容は、化学環境、物理環境、生物環境と、幅広いものを目指している。
石川らは、化学物質過敏症の本態は、自律神経系の病態として「副交感神経優位な状態である」と指摘しており、この点に大きなヒントがあると考えられます。

多種類化学物質過敏症を定義するための臨床環境医による合意基準
表2.多種類化学物質過敏症を定義するための臨床環境医による合意基準(1999年)

表2は、ランドルフ博士が提唱した臨床環境医が1999年に米国衛生研究所の主催のアトランタ会議で、多種化学物質過敏症の定義を提案したもので、広く使用されています。この特徴は、過敏症の発症により、1)免疫応答のように(過敏症にたいする訓練効果がある)より低濃度に反応するようになる。2)関連性のない多種類の化学物質に対して反応が生じる。3)症状が特定の臓器ではなく(臓器特異性がない)、多種類の器官に及ぶことが大切です。

国の化学物質過敏症の対応

2009年10月1日から、厚生労働省は病名リストに化学物質過敏症を登録し、カルテや診療報酬明細書(レセプト)に記載できるようになりました。
化学物質過敏症は、標準病名マスターに登録され、基本分類コード、ICD-10のT65.9(詳細不明の物質の毒作用)として、化学物質過敏症は、保険医療の対象になっています。
また、厚労省の監督下に置かれている日本年金機構では、2010年以降、「化学物質過敏症」患者を障害年金の対象者として認定しています。友和クリニックの患者さんも過敏症の障害年金を受けられています。

化学物質過敏症の障害年金の申請診断書の例
表3.化学物質過敏症の障害年金の申請診断書の例

表3は、日本年金機構で発行している「化学物質過敏症」の診断書様式に記載されている重症の障害1級該当認定事例です。以下のように記載されています。初診時所見「平成22年2月頃より、職場の合成洗剤などに反応し、動悸、めまい、息切れなどの不定愁訴が出現した。その後、手足のしびれや脱力感による歩行困難や食欲低下などの症状が続いた。症状は徐々に悪化し、空気中の化学物質に反応する重症の化学物質過敏症と診断した。」

医師の治療内容には、「平成25年5月から当院を受診し、薬物療法を行ったが、症状は改善しなかった。治療法は化学物質が少ない食べ物や衣類の情報の提供し、化学物質の暴露を少なくすることが重要であるため指導した。」と記載されています。
この事例を見ても、過敏症が、重症化すると極めて深刻なことが分かります。

友和クリニックの治療事例

友和クリニックでは、2009年から化学物資過敏症の患者の治療を行ってきました。最初の患者は、環境測定機関で、有機溶剤の残った分析器具を洗浄する作業時に有機溶剤に慢性的に暴露され、過敏症を発症した事例です。自宅の消臭剤にも過敏に反応するようになっていました。労災認定を受け、治療を行い過敏症状は治癒しました。
その後も、過敏症の治療例が増えています。最近の事例では、環境分析職場で発生した3人の過敏症の患者さんを治療し、改善しています。3人の症例の共通事象は、1)何れも女性であること、2)中毒を起こさない極めて低濃度のホルムアルデヒドなどに反応していること、3)初期は、ホルムアルデヒドなど職場の揮発物質に反応するシックビル症候群でしたが、2ケ月半ほどの慢性暴露により、無関係な多種類の化学物質に反応するようになったこと。4)人によって異なりますが、多臓器の反応がでていること。5)職場を離れると、症状は軽減しますが、約2-3割の過敏反応性は長期に残存しており、外出時には、活性炭マスクは離せないこと、6)3名に対して自律神経の調整を行う鍼(新経絡治療)・漢方治療が症状の軽減に有効であったことなどが挙げられます。

化学物質過敏症の機序

中毒、アレルギー、化学物質過敏症の違い
図1.中毒、アレルギー、化学物質過敏症の違い
(Sensitivities National Academy Press 1992 アシュフォードの図より改変。石川哲ら p66)

図1は、従来の中毒、アレルギー、化学物質過敏症の化学物質の負荷量と反応の違いを示したものです、中毒>アレルギー>化学物質過敏症の順に反応する化学物質の量が減少し、化学物質過敏症は安全閾値の100分の1以下のごく微量で反応します。これが、過敏症の特徴です。
従来型の中毒は、化学物質が増えると大体100%の人が患者として症状が出ます。メチル水銀による水俣病やサリン中毒などが良い例です。
アレルギーになると、化学物質が増えても、全員に症状が出ません、生まれながらの体質が関係してくるため、アレルギーになる人とならない人がでてきます。しかし、アレルギーの場合は、アトピーとか、喘息、目鼻のアレルギーなど症状がはっきりしており、かつ、血液検査で免疫グロブリンIgEが高いなど異常が捕まえやすいために、すぐ周囲の人に分かります。すなわち、個体の反応性の影響が強くなることが大切です。また、一部は獲得免疫のように物質特異性もあります。しかし、子供アレルギーでは、ダニなどの一部の物質でなく、何十種類もの食品に反応するようになるため、免疫の過剰状態が起きていると考えられています。アレルギー反応は、生体に侵入してきた異物(抗原)によって感作され、その異物に再度接触した場合に過敏に反応を示すことがありあります。この反応を抗原抗体反応と言います。本来、防御的に作用する機構ですが、これが過剰に反応しすぎて生体に不利に働き、病的な過程を示す場合を、アレルギーと言います。1906年にオーストリアの小児科医師C.ピルケが初めてアレルギー理論を提唱しました。(ブリタニカ国際大百科事典より)
アレルギーについては、安保らの理論があり、副交感神経はリンパ球とリンクしており、副交感神経優位になると、リンパ球が増加して、免疫過敏の状態になるとされています。
これが、過剰免疫アレルギーの本態であるとされています。そのため、アレルギーが進行すると無害な物質にも反応するようになります。もともと人には、複数の外来異物に反応するシステムが存在していることを示しています。(自然免疫の考え方)
化学物質過敏症では、通常安全閾値の100分の1以下という信じられないほど微量な化学物質に反応します。化学物質過敏症先進国のアメリカでは、この症状を示す人が15%前後と言われています。
神経症状が多く、内科的な検査で異常が出てきにくく、周囲の人の理解が得られないことが多い。この過敏症では、化学物質の複合摂取による総負荷量が問題とされています。重症な症例では、3回の新築の家を経験しています。新築とか、改装の家に一軒目、二軒目と転居を繰り返すうちに、ある日突然に発症する例も多い。またそれまでの生活歴を聞くと、種々の化学物質に暴露されており、最後の新築がとどめを刺した例もあります。これらは、化学物質の総和、すなわち、総負荷量の重要性を示しています。
この総負荷量の考え方は、慢性中毒の考え方と同じです。ただ、慢性中毒と違う点は、「発症に要する化学物質の量が非常に少ないこと」と、「一旦発症してしまうと、その後は非常に微量な化学物資に反応するようになってしまう」点です。

表4.シックハウス症候群から化学物質過敏症へ
シックハウス症候群から化学物質過敏症へ

表4は、石川らのシックハウス症候群と化学物質過敏症の関係を示したものです。石川らは、シックハウス症候群が、慢性化したものが化学物質過敏症であるとしています。われわれの経験もこれを支持しています。

表5.WHOのシックビルディング症候群の診断基準
WHOのシックビルディング症候群の診断基準
表6. 米国胸部医学会のシックビルディング症候群診断基準
米国胸部医学会のシックビルディング症候群診断基準

過敏症の引き金となる物質は? 排毒反応について

これまでの調査では、ホルムアルデヒド、有機リン化合物、農薬や防虫剤、トルエンなどの有機溶媒が過敏症の引き金の主役だと指摘されています。最近では、柔軟剤の合成芳香剤、制汗剤、合成香料などが「香害」として過敏症の原因に加わっています。
これを見ると、化学物質過敏症の主役となる化学物質は、刺激性が強い物質が中心であり、毒物として生体に負荷をかけることは明らかです。こうした刺激性の強い毒性化合物が、化学物資過敏症の引き金になり、その後に毒性の比較的低い化合物にも反応するように閾値が下がると考えられる。
ヒトは、進化の過程で、環境で接する多くの植物毒や細菌による腐敗毒などに対して、それを避ける排毒機構(副交感神経機構)を獲得してきたとされています。(ランドルフ・M・ネシ―&ジョージ。C・ウイリアムズ、病気はなぜ、あるのか、新曜社、2009、マージー・プロフェット、Adapted Mind, New York: Oxford Uni. Press 1992)
化学物質過敏症は、このヒトが進化の過程で獲得した植物毒などの化学毒素に対する防御機構、すなわち自然排毒反応が、ホルムアルデヒドなどの刺激性の揮発ガスの慢性暴露で起動し、記憶・強化されて過敏になり、その後は、低毒性物質にも排毒反応が拡大された状態と考えられます。
これをまとめると、過敏症の発症の機序は、以下のようになります。

1
刺激性の揮発物質への暴露→ 目、鼻、気道を刺激→ 進化の中で獲得してきた毒物排除システムが起動する(副交感神経システム)→ 涙、鼻水、くしゃみ、咳、痰、唾液、吐き気、嘔吐などの排毒反応→ 揮発物からの回避行動を起こし、逃げ出す。
2
初期は、刺激性の揮発物質の暴露から離れると症状が治まる。(シックビル症候群の段階)
3
仕事、家屋内暴露などで、刺激性の揮発物質暴露が回避できず、数か月(2-3ケ月)続くと→ 副交感神経の毒物排除システムが持続的に亢進し、副交感優位になる→ 感作(シナプスでの長期増強 long-term potentiation現象が起こる)が起こり、比較的刺激性の低い物質にまで、排除反応を起こすようになる。(多種類化学物質過敏症の段階)
4
石川らは、化学物質過敏症の患者の研究を行い、瞳孔反応の検査から「副交感優位」の人が有意に多いことを指摘している。慢性的な副交感優位の状態=毒物排除システムの鋭敏な状態が、化学物質過敏症の本態であると考えられる。
5
毒物排除システムの感受性には、個人差がある。男性より女性に強い。石川らは、これは、女性の方が感覚系の感度―嗅覚などが男性より敏感であること、種族保存の本能から、女性は子供とともに最初に危険な環境から逃げるように作られていることが指摘されている。動物実験でも、メスの方が化学物質に過敏に反応することが証明されている。
米国立環境衛生科学研究所のサンサマン部長は、女性の方が環境有毒物の影響を一般に受けやすいと述べている。

診断について

化学物質過敏症の診断については、患者さんの発症経過の問診が重要です。

1)問診

診断で最も重要なのは、病歴です。これでほぼ診断がつきます。1987年にマックレランは、診断で絶対聞くべきことは「何に反応しているか」「なぜそのように過敏に反応するようになったのか」の2点を強調しています。
時間をかけて、化学物質の接触歴を職業歴、家庭内の様子を含めて詳しく聞く必要があります。特に化学物質の総負荷量が発症に関係しているために、化学物質の詳細な問診が必要です。転居歴、生活習慣、生活環境への化学物質の使用量、接触回数、時間、更には食事内容などを細かく聞きます。特に、新築、改築、引っ越し歴、居住歴、趣味などを詳しく聞きます。また、住居の大気汚染の有無についても聞きます。

2)検査

補助的な検査として、以下の様な検査を参考にします。

a.神経機能検査
瞳孔の検査
光を目に入れると瞳が縮み、暗くすると瞳が広がります。この瞳は副交感神経で縮み、交感神経で拡大します。瞳孔の直径を計測すると化学物質過敏症では、年齢別の正常値に対して、瞳孔の直径が縮まっています。

調節検査
化学物質過敏症では、毛様体筋が痙攣して、調節力が低下しています。患者さんの、ピントを合わせる調節力の検査をします。必要に応じて、眼科に検査を依頼します。

眼球運動検査
眼球は、前を動く目標物を追ってスムースに追従運動ができます。化学物質過敏症では、この追従運動が低下するため、目の前の指標をうまく追うことができません。

重心動揺検査
化学物質過敏症では、中枢神経の機能の乱れにより、平衡機能が低下します。重心動揺検査は、プレートの上に乗って、開眼時と閉眼時の重心の軌跡を記録します。
b.肺機能検査
スパイロメーターという肺機能検査機で、呼吸機能を検査します。化学物質過敏症では、末梢性気道閉塞を示すV25の低下が認められることが多いため、肺機能検査を行います。

各種診断書など

必要に応じて、化学物質過敏症に関する休業診断書、傷病手当金診断書、化学物質過敏症の障害年金診断書、労災診断書などを作成します。

治療について

これまで、化学物質過敏症の治療を行ってきましたが、過敏症の症状は、確実に改善しています。また、これまで、就労できるまで改善している患者さんもおられます。
治療は、必要に応じ漢方薬、グルタチオン、新経絡治療を行います。併せて、食事指導・運動指導・生活環境の整備などの指導を行います。
新経絡治療(鍼治療の一種)は、自律神経を調整する力に優れており、化学物質過敏症の副交感優位な状態(頭痛、吐き気、眼の刺激症状、喉の詰まり、めまい、筋肉痛、記憶力低下など)を調整して、交感神経と副交感神経活動の中間位に戻すことにより、症状を改善します。(詳細は、新経絡治療をご覧ください)